太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”

初めての方は、序文 からお読みください。

自凝(おのころ)の強化 “その二十二” 自我における日足(ひたり)の極性の発現

先回述べたとおり、肝=“いきり立つ心(奴と心)”、腹における心(靈)である自我の砌(みぎり)の極性で生業(なりわい)の“行”を頑張る(元の気を張る)のは、(通貨としての)金が得たい、名誉や名声を得たい、その裏には物質欲、本能由来の欲望(美食の賛美、性的な欲求)の達成などがあり、低い“幸福の概念”に由来することでもある。

 

これは人間として高い心(靈)で行動しているのではないし、これ自体が“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の霊的成長度の心(靈)の思惑の顕現、それは“どういうつもり”で事をなすのか、に相当することであり、この段階の生業(なりわい)の“行”は、人間が持つ自我よりも高い心(靈)の、智性(神性)、智慧(日を知る事=智性の恵み=慧)、“創造”、“慈悲”と“慈愛”ゆえの自分に対する“厳しさ”、これらの獲得にはつながりにくいか、全くつながらないものである。

 

 こういった人間が大多数なのがたった今の地球の現状であり、この世界には奪い合いと騙しあいが横行しているが、それを容認している人が大多数なのが今の事象でもあるし、これを変えていくこと事態が、霊的成長度の高低における区分けであるアセンションの意義でもある。

 

 それで神は、人に奪い合いと騙しあいの世界の“創造”を望んでいるわけではないが、この奪い合いと騙しあいをしていかなければ、善と悪の認識(悟り、幸取=さとり)を確たるものとできない事情がある。

よって、この低い心(靈)の動きによる行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)をある程度行わせるものである。 

 

また、このこと事態は、程度の低い者は程度の低いなにかを求め実現しようとして自分のエネルギーを贖う(あがなう)ということであり、平均的地球人の生業(なりわい)はこれがほとんどを占めているものである。

 

 しかしそれではローム太霊がローム霊訓講話において述べた(ローム太霊講話集第二話)、

 

何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたいという、神自身の本当の気持ち”、

 

この“神自身の本当の気持ち”を人間に実現させることにはなり得ないものであり、奪い合って自分だけが得をするという心(靈)の動きはこの世界を崩壊させ最終的に殺し合いにしかなり得ないものであることを著書で述べましたが、これが右往左往と左往右往右往、“上”から観て腹における荷電粒子の右回転、それは砌(みぎり)の心(靈)の動きだけで行動していることに相当するものである。

 

 この右往だけでは心(靈)が育ったとはいえないから、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は、生業(なりわい)において失敗させる、トラブルを経験させる、という試練を課すものである。

 

 その際には、自我における日足(ひたり)の極性、脾=“思う、憂う”が強まるので、“上”から観て腹における荷電粒子の回転は左回転となる。(左往) 

これに関しては“日月神示”を読んで気づいたことなので“日月神示”の表記の説明画像を以下に貼っておきます。

 

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 また全身においての日足と砌(ひたりとみぎり)の極性について“続”で使った画像を以下に貼っておきます。 (“日月神示”表記の“富士(二二)”=肉体の二つの磁性、日足(ひたり)と砌(みぎり)、ヨガで言えばイダとピンガラ、太陽の気道と月の気道)

 

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 これに関してはこの文章を読んだだけで理解しにくいでしょうから具体例を一つ、スポーツ選手がよい結果を出している期間があってもその後スランプなどに陥る、この時のスポーツ選手の苦悩そのものがその人間の心(靈)を育てようとする“上”の課した試練であり、その苦悩があってこそ心(靈)は育ち、さらに良い成績を収める、あるいはスポーツ選手とは違う人生を歩む、という結果になる。

同様のこととして、例えば事業を起こし最初はうまくいっている

砌(みぎり)の“行”を“上”はさせているが、それはいつまでも続かず問題が起きたりして窮地に追い込まれる

“上”が試練を課して日足(ひたり)の極性の強化の“行”に入る

 

など、実際の事例に当てはめたらきりがないですが、何事も自分たちにとって都合の良いことばかり起きると言うことは続かず、必ず何かが起きて苦悩する。

これは“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の采配として苦悩させるものであるが、この苦悩が日足(ひたり)の極性の強化となっているものであり、自我より“上”の心(靈)を育てようとする“上”の采配であるということになり得ます。

 

次回は、日足(ひたり)の極性による心(靈)の発現と変容について述べることとします。

自凝(おのころ)の強化 “その二十一” 砌(みぎり)の極性と生業の“行”(2~3番目のオーラの“行”)

先回述べたとおり、人には“幸福の概念”がある。

それゆえ人は“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を欲し、獲得して行使して“力”を示したい。 

 そのために自分は頑張る(元の気を張る)。 

それは霊的成長のための“行”ではなく、その前段階としての“業行”において頑張る(元の気を張る)、そして“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を獲得して、それを他者に示し行使して、その代償として、(通貨としての)金や権威や名誉などを求める。 

 

これは平均的地球人の霊的成長度、自我の確立=固定化、その過程においての心(靈)の動きであることを著書やブログで幾度も述べていますが、これ事態が“力”の使い方としては低い段階であり、これこそが“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の動きによる“力”の使い方である。

そしてその心(靈)の動きは、肝=“いきり立つ心(奴と心)”であり、自我における砌(みぎり)の極性の現われである。

 

但しこの段階、自分が頑張ることにおいては、人間は動物と違い目上(めうえ)の脳が発達しているからこそ、善悪の考察というのは多少ある。

だがそれをあまり考えず、とにかく“力”を獲得し行使することを中心に生き、そこにおいて自分の損得を考える。 

これは自我の発達と強化のために、自分をこの世界、この事象、もうひとつ“日月神示”表記の“外国”において示したいものであるが、これは智性(神性)の獲得には直接つながらず、霊的成長度の低い“行”と言いうる。

そしてこの低い段階の“行”があってこそ、ローム太霊が述べた右往左往と左往右往、それは右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をする、ということになっていくのですが、この過程を経ていかなければ、“力”の使い方、それは“世為人為”(S会=紫光会の経文、四空経録の中の言葉)ではありますが、自分は“力”を獲得したならば、こう使わねば、“力”を持った人生においてこうしなければ、こう在らねば、という認識にはたどり着かない。

 

 前後しますが、この段階は“行”というよりも、修業や修行という言葉の方が適切。

しかし何かを求め頑張ることは、肉体内の生体内電流の強化と変容になり、それがオーラに反映し=息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)となり、頑張る過程で心(靈)も育っていく。

 このことを述べた著書の<4>の文章を以下にコピペさせてもらいます。

 

“さて、オーラが大きくなるということがどういうことなのか、神経系の電流量が多くなると、骨と神経は電磁石だから磁場が大きくなる。神経に電流を流すことは、何かしなければならない。安静時でも、体の新陳代謝のために神経系には電流が流れているんだが、例えば、スポーツで筋肉使ったりすると、筋肉痛になるが、その時は、筋肉の細胞の新陳代謝が行われていて、使う前の筋肉より、レベルの高い細胞を創り出そうとしている。

 その過程で、神経系の電流を知覚神経が感じるから、痛みとして認識する。このことは言い換えれば、生体内電流の増幅と言える。筋肉や内臓は、蓄電池のように生体内電流を溜め込むことができる。溜め込んだ電流で、より以上に神経内の電流を多く流せる。肉体を使うときにね。そうして2、3番目のオーラの基底が構成されている。

すべての神経内の電流は、視床下部を通り脳に伝えられる。般若心経に対するアタシの私見で、羅、という字の説明したこと、思い出してね。視床下部を通り、脳に伝えられた電気的情報と、感情と思想、記憶など脳内の神経の働きで、1番目のオーラの基底が構成される。神経系に多くの電流を流し、オーラを大きくして、それに伴い肉体を作り変える事を、行、修行と呼ぶんだと思う。それが、アタシの修行の解釈(見え始めた日 参照)”

 

これに対しKellyさんはこうつぶやいています。

 

“先生の説明……“神経系に多くの電流を流し、オーラを大きくして、それに伴い肉体を作り変えることを、行、修行と呼ぶ”……この言い方は少し足りへん感じ…心が変わっていくやんか。それが霊的成長やし…ほんでからこの時点で、認識することについてはあんまりいうてない。

この時は多分、Kellyさんの認識の程度に合わせた話やったから、心身ともに作り変わる…そういう言い方をせ~へんかったんやろな。

それは、心の反映が肉体…こういう言葉の理解…Kellyさん自身の認識…そういう言葉に対する深い理解が、Kellyさんになかったからからやな。

ほんでからに、霊的成長=心の成長=認識の変容=電磁波の吸収=オーラの拡大と高振動化…こういう話を、この間うち聴いてたから、今ならこの先生の言い方と、行と修行…この言葉の意味も解る”

 

 それでタイトルの「砌(みぎり)の極性と生業の“行”(2~3番目のオーラの“行”)」この段階においての“上”からの振動の取り込みは、先にも少し述べましたが、智性(神性)の獲得には至らず、2~3番目のオーラを構成する振動を止め、それを発振、発信する。

この段階で“力”を示す、(通貨としての)金を儲け名誉や権威を獲得し物欲を満たす

低い幸福感を得る。

 

 しかしそれでは人間としては低いので、先に述べた右往左往と左往右往により、自分の在り方を考えるようになるが、これこそが“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)の采配と言え、人生における試練を“上”から与えられ苦痛や苦悩を体験し、そこで得られた教訓を活かす人生を送るようにとなる。

 こうして心(靈)は育っていき、智性(神性)を獲得する素地を得ていくものですし、その過程においては日足(ひたり)の極性の強化がある。

 次回は、日足(ひたり)の極性について述べることとします。

自凝(おのころ)の強化 “その二十” “行”の意義について簡単に

 

ここまで、きわめて下等な生物から人間までの進化を述べてきた理由は、肉体の発達、それに伴う心(靈)の進化、そこには生体内電流の強化と変容、磁束の発現と“上”からの振動を取り込むためのローレンツ力の強化と変容がある。

これらを理解しておかないと、“行”の意義ということに進めない。

 

それで“行”そのものに対することとして、これ事態は人間における認識であり、当然のことながら人間以下の動物に分ることではありません。

 

それで今“人間における認識”ということを述べましたが、なぜ人間が“行”に対する認識を持つか、それは人間、人(日止、霊止)が地球上において他の生物より最も進化した、地球上で一番“上”の生物であり、一番進化したからこそ

目上(めうえ)の脳の発達があったからこそ、神と自分、幸福の概念、善悪の認識と判別、など、発達した心(靈)所以の認識が出来上がったものであるし、重複しますがこれは目上(めうえ)の脳で発現する心(靈)、智性(神性)由来のことである。

 

この認識の中の“神と自分”、自分に対し神が“上”である、神に近付きたいと思う。 

そして“幸福の概念”があるからこそ、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を欲し、行使して“力”を示したい、その“力”の行使において“善悪の認識と判別”をしていくものであるし、これ事態が神に近付くこと、“善(神格化の方向性と智性の受信)”のためのことである。

 

簡単にまとめましたが、こういった事柄があるからこそ、人は“行”を求め実践するものである。

 

ただし、霊的成長度の低い心(靈)を持つ人間の“行”の概念はとても低いものであったりもします(例えば、当たり前の感謝、それ自体を“行”と称するなど、こんな認識では厳しい“行”には入れないものと推察します)。 

そして大多数の地球人の霊的成長度は低い、自分たちにとって都合の良いものばかりを選択する傾向がある、

よって一般の“行”の概念は、

“役員づら”(形骸の宗教や、アセンションや霊的成長に対し、甘い夢を見させ偽の情報を流すたぐいの人たち、それは悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ))

らの行いにより、まったく程度の低いものになっている感があります。

 

 本題に戻り、何のための“行”なのか、それは“行”によって進化=霊的成長、神格化に向かうこと、これを実践し、“行”によって心(靈)が育ち、高い“行”をするならば(“一”=智性=1番目のオーラの“行”をするならば)“創造”の“主(ヌシ)”の思惑を理解し、認識(悟り、幸取=さとり)として、それを行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)に活かす。

換言すれば、神の思惑を理解して認識としてこの事象の“創造”を果たしていく。

これ自体“創造”の“主(ヌシ)”が“創造”した生命(生きる使命=存在理由)の役割、高い使命である。

 

この事を踏まえて次回から“上”と“下”の“行”について述べていくこととします。

自凝(おのころ)の強化 “その十九” 人(日止、霊止)における心(靈)と“一”=智性=1番目のオーラの発振、発信

 まず、ここまで述べてきたことと重複しますが、アタシの心(靈)に対する認識を以下に列挙します。

 

  • 心は霊である。
  • すべての生物は、心と肉体、この両方で現界において=三次元においての生命活動を行うものである。
  • 生きている間は肉体と心(靈)(の一部)は同じ位相に存在するが、死は肉体に心(靈)が存在しえない=肉体に位置できない状況を指す(生体内電流の消失)。
  • 肉体に心(靈)が発現する理由と根拠のひとつとして、肉体の磁束由来のローレンツ力がある。 
  • 肉体の磁束由来のローレンツ力で“上”からの振動を止め、溜めて、心(靈)は発現しており、肉体の進化に伴うローレンツ力の強化と変容は、心(靈)の構成要素としての“上”からの振動、肉体による磁束で“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、これを取り込んで心(靈)を構成しているものである。またこれが古神道の表記、“日止、霊止”の意味である。
  • 霊は肉体の磁束で取り込んだ“上”からの振動、これを止め、 “臓腑”の“臓” などで溜めて、生命活動により増幅し、これを回転させ、円形粒子加速器サイクロトロンやシンクロトロン)の構造で発振、発信し、それが1番目、2番目、3番目のオーラである。
  • 東洋医学の概念、“五臓”(心・肺・脾・肝・腎)は、心(靈)の動きの増幅器官である。
  • 霊が肉体に位置している間は、肉体の磁束由来のローレンツ力と、肉体に備わる水平磁場により回転しているが、これが、本来のヨガの概念、チャクラの意味である。
  • 生命活動は肉体内の電磁誘導になり、その電磁誘導で、タンパク質の高分子化が起き、それによってローレンツ力の強化と変容が起きているものである。
  • 地球上において最も心(靈)が進化した生物は人間であり、肉体の進化に伴い“上”からの振動の取り込みの段階が違うからこそ、下等な生物と高等な生物、という認識が出来上がっている。
  • 人間の心(靈)が地球上の生物で最も進化した理由は、目上(めうえ)の脳(大脳新皮質、“田”(心、靈、の四つの場(フィールド))で止めている“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、これが智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)になっているからである。
  • 智性(神性)の行使は、脳のタンパク質の高分子化に繋がり、“上”からの振動のより高いものと感応していき、それによりますます智性(神性)は高まるものである。
  • 頭部と、脳は、コアメモリー(磁心記憶装置)の構造を持ち、これは心(靈)の動きそのものである。
  • 進化(霊的成長、神格化に向かうこと)は、肉体の変容に伴う心(靈)の進化、そして自分の心(靈)の智性(神性)の行使と、肉体のタンパク質の高分子化(“行”の意義)により、さらに“上”からの振動を取り込み、溜め、生命活動で増幅して発振、発信し、行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)に活かすが、これ自体が神に近付くことである。
  • “創造”の“主(ヌシ)”にとって生命(生きる使命=存在理由)とは、フラクタル(fractal)(自己相似性、相似象、自然界のデザインにはどこか共通したものがある)である。 ただし、たった今の地球人のフラクタルに対する認識は、形状に由来するものでしかなく、心(靈)が“創造”の“主(ヌシ)”とフラクタルであるという認識がない。
  • これは、この事象一切を構成する振動、それを取り込む心(靈)=個々の生命、という点でもフラクタルである(宇宙は巨大人の構想を持つ、というエマニエルスエーデンボルグとアタシ自身の認識)。
  • 個々の心(靈)自体は、“創造”の“主(ヌシ)”の心(靈)に包括されているからこそ、心(靈)の構成要素としての“上”からの振動の取り込みの高低があって“善(神格化の方向性と智性の受信)”と“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の事象が認識されても、すべては“創造”の“主(ヌシ)”の心(靈)の内のことである。
  • 地球人が“観察と認識”しているたった今の事象は、“創造”の“主(ヌシ)”の腹の“行”、右往左往と左往右往の段階であり、その“上”、それは慈悲と慈愛の“行”に移行するが、これ自体がアセンションと認識されうることそのものである。

 

 大体、以上のようになります。

それで人間として最も進化した心(靈)の動き、これには脳における電磁誘導がある。

末梢の電流、五感による情報はすべて中枢に送られて、頭部内の電磁誘導に関与しますが、これ自体が外側(外国と幽界)の事象の“観察と認識”であり、それにより、脳を使う、記憶、思考、認知、などにより脳内に電流が流れ、脳内の電磁誘導になり新たな電流が派生し、それと“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を止めて溜めていることが加味されている。

これらで目上(めうえ)の脳内に流れる電流になっている。

それで目上(めうえ)の脳で発現する智性(神性)、これは“一”=智性=1番目のオーラになり、その仕組みは以下の画像のようになります。

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 この水平磁場により、“一”=智性=1番目のオーラが発振、発信されていますが、これは天使の輪のようにもなり、西遊記で示されている頭部の金色の輪のようにもなる。

 これを“上”に聞いたら金弧、という答えを得ましたが、緊箍児(きんこじ)、禁箍児(きんこじ)、金箍児(きんこじ)という表記が古典にあり、この表記の意味は自分を戒めるもの、ということで共通のようです。

 この自分を戒める、という心(靈)の動きそのものがたった今の地球人の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)に必須であることは幾度となく述べてきました。

 それと、人間が感じ得る最も高い振動、光、それは視神経を流れる電流となり、光を感じ(感じる磁性)て、目上(めうえ)の脳の直下の視神経内の電流量を増して脳のタンパク質の高分子化を励起するのが、太陽凝視です。

自凝(おのころ)の強化 “その十八” 肉体はコアメモリー(磁心記憶装置)の構造を持つ

 

 肉体の進化の過程は、まず地球上における生体物質の発生、そしてもっとも下等な生物である原核生物から人間までの進化であり、その過程では、 

  • 肉体の磁束の強化と変容、進化した生物は骨と神経の発現と発達があり、電磁石の構造の強化と変容になり、これらはローレンツ力の強化と変容となる。 またタンパク質の高分子化もローレンツ力の強化と変容に関わる。
  • “上”からの振動を止める仕組み、肉体はコンデンサーの構造を持つ、ことに“臓腑”の“臓”は心(靈)の動きに関わる。
  • 生体内電流の肉体内における電磁誘導、それは生命活動と生命維持活動によるもの。 生命活動とは生物、または生物における臓器や細胞などの組織が、生命を維持するために営む活動。 生命維持活動とは、生物が生きるために必要な、食事・睡眠などの行為、また、心臓の拍動・呼吸・筋収縮・消化・排泄などの生理機能の意。

 

これらが観られることを述べてきました。

 

 先回も述べましたが、進化の過程とは、霊的成長の過程であり、それは普遍的に実在する創造主のオーラ、これを進化した生命体である天体がそのローレンツ力によって取り込み増幅して発信している電磁波、さらにそれと“創造”の“主(ヌシ)”の振動、この両方を取り込んで発振、発信している地球における太陽、それら“上”の振動との感応共振の段階でもある。

 

その“創造”の“主(ヌシ)”のオーラ由来の振動は天意であり、生命を発現させて進化(霊的成長、神格化に向かうこと)させる思惑そのものであり、それを人間のつたない科学で観測すると電磁波と認識されうるものであるし、今の人間の科学では観測できない振動も、“上”“下”に関わらず存在すると思います。

 

これらの取り込み、そしてそれを肉体に止めて生体内電流とする。 それが心(靈)そのものである。

そして心(靈)の存在と活動は、肉体がコアメモリー(磁心記憶装置)の構造を持っているからであるという私見を持っております。

 

 用語解説 コアメモリーについてWikipediaから引用

 

 構造と記憶の原理 
 一般的な磁気コアメモリーについて、その構造と記憶の原理について説明する。

磁気コアメモリーは、小型のフェライト磁性体のリング(コアという)にケーブルが通されたものが、格子状に多数配置された構造になっている。 コアの一つが1ビットの記憶容量を持つ。 
 一つのコアに対しては、書き込み用ケーブル2本と読み出し用ケーブル1本が通っている。書き込み用ケーブルは格子状に配線され格子点にコアがある。 格子の縦横各1本の書き込み用ケーブルを指定すると、一つのコアが定まるわけである。これがビットアドレスの指定になる。 コアは1本の書き込み用ケーブルに電流を流しただけでは磁化しないが、2本に流せば磁化する磁気特性を持っている。

あるコアにデータを書き込むには、そのコアに対応する書き込み用ケーブル2本に電流を流して磁化させる。電流の方向によりコアの磁界の向きが決まり、それにより0か1のビット値が決まる。 なお、磁化されたコアは、電流が止まっても磁化した状態を保持するので不揮発性のメモリということができる。 
 あるコアのデータを読み出すには、そのコアに対応する書き込み用ケーブル2本に電流を流し、読み出し用ケーブルの電流を検知する。このとき現在のコアの磁界の向きが逆転するようであれば、読み出し用ケーブルに電流が流れる。 逆転しない場合は、読み出し用ケーブルに電流が流れない。 これによりコアのビット値が判明する。 しかし、データを読み出すときに、書き込み用ケーブル2本に電流を流すのでコアが磁化されてしまい、読み出し前の内容が失われてしまう(非破壊読み出しができない)。 このためコアの内容を保持したい場合は、再度、データ書き込みをしなくてはならない。


 引用終わり。 

 この説明では、生物の肉体がコアメモリーの構造を持つと言うことを説明するのには不十分なので、補足として、物質は電荷を持つから、リング状の組織の中心に電流が流れれば、それはコアメモリーと同様の働きをする。  

(学者は、強磁性体にしかコアメモリーの原理を見出せないし、大きな電気的変容にしか目が行かないのでこの事柄に気付いていない) 

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 コアメモリー(磁心記憶装置)の構造が観られる理解し易い組織としては骨格が挙げられます。 それは、すべての骨は骨の外側が灰分(かいぶん)であり、内側は磁性体を含んでいる骨髄があり、頭蓋骨においては磁性体を含んでいる脳がある。

 骨以外にも、磁性体を含んだ組織、筋肉や内臓など、リング状の器官はすべてコアメモリーの構造を持つと思え、最小のリング状の組織は、遺伝子だと思われます。

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 これらコアメモリーが、心(靈)の発現と動きに関わっているものであり、“上”からの振動を取り込んで心(靈)が作られ、自らの生命活動と生命維持活動により心(靈)を変容させ、さらに外側(外国と幽界)の事象からの振動を取り込んで進化しているのが生命である。  

 この外側(外国と幽界)の事象の振動に関しては、人間の進化した肉体の脊椎、 

  • 頸椎7個、これは光(可視光線)の波長、赤 橙 黄 緑 青 藍 紫に相当
  • 胸椎12個 これは音の振動、12音階
  • 腰椎5個 これは物質の構成要素としての五行、木火土金水 

これらの振動を止めているという私見を持っております。

 

 本題に戻り、“上”からの振動の取り込みの変容、取り込む振動の高振動化が進化過程であると言いうる。

 さらに、心(靈)の進化は、霊的成長であり神格化であり、目上(めうえ)の脳、大脳新皮質と頭蓋骨のコアメモリーの構造は、智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)に関わるものであり、それが人間と人間以下の生物の違い、心(靈)の発現と動きの違い、ということになり得ます。

 

自凝(おのころ)の強化 “その十七” 目上(めうえ)の脳の発達

 ここまで“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意の取り込みとして、肉体の磁束の説明をしてきました。

 その“上”からの振動の高低により、下等な生物は低い本能しか発現していないが、生物は進化していくと“上”からの振動の取り込みもだんだん高い振動を取り込み、“臓腑”の“臓”に止めて溜め、心(靈)の発現をしていく、それは著書の<3>で述べたとおり、本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性という振動、である。

(ちなみに“五臓六腑”(ごぞうろっぷ)という概念がありますが、なぜ六臓ではないのかに関して、六番目の臓は脳であるという私見を持っております)

 これがアタシの思う進化の過程、それは霊的成長の過程であり、肉体と心(靈)が“気血栄衛(營)”(取り込んだ振動で心(靈)と体が創り変わる)して進化して、普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振をする、それが、下等な生物、高等な進化を果たした生物、という分類になっているものである。

 

 それで、動物以下の生物と人間の違い、人間においては目上(めうえ)の脳で、智性(神性)を発現させていくものである。 その智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)の発現の要素として、

 

  • 末梢神経から脳に伝わってくる神経内の電流は、中枢としての脳幹や脳で電磁誘導を起こす
  • 体液(体内にあるすべての液体、血液・リンパ液・脳脊髄(のうせきずい)液など)が錯体であり、錯体は電荷を伴っているので全身で電磁誘導が起きているが、当然、脳でも電磁誘導が起きる
  • 血液は磁性体を多く含んでいるので、肉体、ことに手足はアンテナの構造を持ち、“上”からの振動を止めているが、それを磁性体で脳に運んでいる。 ちなみに血液の全身への血液の分配は、安静時、脳に約15%、冠状動脈に約5%、肝臓と消化管に25~30%、腎臓20~25%、骨格筋に15~20%、皮膚などに3~6%、その他の脂肪や骨に約5~10%で、器官、対、血液の配分比ということを考えれば、脳に来る血液は多い

 

これらのことが挙げられますが、目上(めうえ)の脳に対する影響として、眼球から視神経へ流れる電流の影響は大きいと思いますし、実はこれが太陽凝視の秘密でもあり、これによって脳のタンパク質の高分子化が起きているという私見を持っています。

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自凝(おのころ)の強化 “その十六” 頭部で発現する磁束 

 頭部における、“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意の取り込み、その仕組みとして考えられることを画像で示します。

 

 まず、骨格による仕組み。

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 次に、脊髄(脊椎動物のもつ神経幹。脊椎の脊髄腔の中を通り、全身に枝を出す)と脳幹(延髄、橋、中脳)で発現する磁束。

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 次に、脳幹と大脳新皮質で発現する磁束。

 著書で述べたように、進化した生物である人間は、大脳新皮質(目上(めうえ)の脳)が大きくなっており、この左右に分かれる磁束で取り込む“上”からの振動が、人間という進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)において初めて発現する、智性(神性)という心(靈)の元であると考えられます。

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