太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”

初めての方は、序文 からお読みください。

新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 “続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話で解釈を行っている“日月神示”これの地震の巻(二曰んの○キ)に“神律”という表記を昨年みつけました。

 “神律”のは“創造”の“主(ヌシ)”であり、は解字として、彳部(てきぶ)(ひとすじの道の意)と聿(ひとつの意、のり、おきての意)で構成され、の字そのものは、物事を行う基準となる掟、の意味合いですので、“創造”の“主(ヌシ)”の“創造”における法則、決まり、と解しております。 

 この“神律”を含んだ文言の意味するところ、われわれ“地上人”を含めた一切の生命(“創造”の“主(ヌシ)”と“創造”の“主(ヌシ)”以下の心(靈)すべて)は、f:id:tuyukusanotuyu:20190101025402j:plain(“善(神格化の方向性と智性の受信)”の回転)により“大完成”に近づき、これ事態が一切の生命にとっての“歓喜”である。 この“大完成”に向かうため一切万象が在り、そこにおいてわれわれ“地上人”は、近々、霊的成長度の高低における区分けを体験しうるものである。 よってたった今、“地上人”は、何を思い何を為すべきか(自分の在り方、そして“善(神格化の方向性と智性の受信)”の思惑と、その顕現)、これをアタシの文章から読み取っていただき、一人でも多くの方々が次の事象の“創造”に参加されますことを、今年も切望しております。 

 児玉登