太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”

初めての方は、序文 からお読みください。

自凝(おのころ)の強化 “その二十三” 日足(ひたり)の極性は“一”=智性=1番目のオーラの発現と強化に結び付く

今回はタイトル通り、日足(ひたり)の極性が人(日止、霊止)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)そのものである“一”=智性=1番目のオーラの発現と強化に結び付くことを述べますが、その前に先回使った画像の「下のエネルギーが上昇する様子」、これに相対する「心(靈)の動きが下降する様子」、これについて説明をします。

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まず、多くの人があまり気付いていませんが、“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)は人の心(靈)を育てている、そのために“上”の采配として様々な事象に遭遇させている。 その事象において人は“思惑の顕現”をする。 また、人には“幸福の概念”がある。 

それだからこそ“どういうつもり”で生き、何を成し遂げようとするか、“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を付けてそれを示し、この世界で自分の欲するもの、(通貨としての)金、本能由来の欲望を満たしたい、形骸の地位と名誉、この形骸というのは“上”が評価するものではない、程度の低い人間が程度の低い人間を誉めそやしているという意味、換言すれば低い心(靈)由来の思惑の顕現、ということになり、これはたった今の成功者と評価されている人間に多いケースではある。

 

これらは右往左往と左往右往の右往の段階であり、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”の心(靈)の動きでもあり、これ事態が先回も述べたとおり、2~3番目のオーラの拡大と強化になるが、“一”=智性=1番目のオーラの拡大と強化にはつながりにくい、あるいはまったくつながらないものである。 

 

さらにこの心(靈)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)に感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)する霊的存在は、“善悪”(神格化と、動物化=心の本能化)など理解できない霊的存在、具体的には(通貨としての)金に執着する動物霊などがほとんどである。

 

 しかし進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)においては、この段階も必須であり、これ事態が自我の確立=固定化、自我の強化、ということになっていく。 

それでこの過程をある程度こなしたならば、“上”としてはその人間に成長のための試練として、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をさせる、ということをする。

 

前後しますが、右往左往の右往の段階は、低い心(靈)の動きであるし、こういった心(靈)の動きでは人間が神の思惑を認識して実現させなければならない“絶対の善”にはつながらない、また先回ローム太霊講話集から引用した

何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたいという、神自身の本当の気持ち

この“神自身の本当の気持ち”を人間に実現させることにはなり得ないものである。

 

そして右往左往の右往の段階は、画像の「心(靈)の動きが下降する様子」心(靈)の動きが、本能、情動、功名心、自我、までであり、脳も目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と古皮質)における心(靈)の動きである。

 

 これに相対し、右往左往=やってみてから失敗を体験し、左往右往=失敗を体験し、それを教訓として“力”の顕現(砌(みぎり)の行)をする、この左往においては、自分がやってきたこと、その失敗自体を自我の日足(ひたり)の極性である“思う、憂う”ということをする、それはなぜ失敗したのか、何が間違っていたのか、などを鑑みるようになるが、このこと事態が左脳を使うことになり、左脳にたくさんの電流が流れ脳のタンパク質の高分子化も起き、目上(めうえ)の脳の水平磁場の強化になり、それが画像の「下のエネルギーが上昇する様子」ということになっていくものである。 

そして左往右往の左往、失敗を鑑みる、自省(胸の磁性“十”)する、これによって自分が今後、何を考え何を実現するか、自分の在り方を考えるようになっていき、この心(靈)の息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)には“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅)するものである。 

大体ここまでが普通の人生においてほんの少しだけ“一”=智性=1番目のオーラが大きくなる過程で、それでも太陽凝視を行っていない人間の“一”=智性=1番目のオーラは、せいぜい2cmくらいまででしかないものです(これはアタシの観測結果)。

 

 さらに肉体はここまで述べてきたように1番目、2番目、3番目のオーラの発振、発信の構造の違いがあり、

画像の「下のエネルギーが上昇する様子」、この仕組みについて未刊行の著書の原稿<7>よりいかに抜粋させてもらいます。 智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)の発現について以下の文章の下線を引いた部分に着目してください。

 

「神さんの思惑…創造を人に託しエネルギーを送っている。それは、普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)として…そしてこの世界の創造=顕現は、人の仕事…使命……」

「うん。…そして今回Kellyが感じたように、創世の神話っていうのは心の動きのことをいっている。そして、物質世界=三次元の事象を認識しているのは、アタシたちの意識(日に立つ心(靈)を認識する)で、意識活動=認識=創造であること。それは電磁波の受発信と同義であること。そしてアタシたちの霊って呼ぶ何かは、心と同義であること。神のオーラ=普遍的に実在する創造主のオーラ(宇宙背景放射)とアタシたちの心(靈)との相互干渉であること。神のエネルギーを利用して取り込んでこの世界を創っていること。(それが靈って字に示されている…)その仕組みは“日月神示”のf:id:tuyukusanotuyu:20170125184223j:plainであること。人の肉体の中の磁性由来のローレンツ力だ。そして、アタシたちが…人が、良いカタチの想像をし=思い、思った事を顕現=実現し、行動に移し、そのこと自体を、“創造”を成すって認識できる。それは、天国とか…“善悪”(神格化&動物化=悪=亜の心=心の本能化)とか、いろんな話をしてきたんだが…アタシたちたちは時間を認識しながらこの世界に位置している。物質を伴いながらね。その物質の次元を“創造”する“力”が、腹の右往左往と左往右往、腹って位相の、水の中の荷電粒子の移動と増幅、それが、軍荼利明王、荼枳尼真天の“荼”だと思う。

そして腹のエネルギーは“いきり立つ心(奴と心)”と“思う、憂う”…その心の発現と動き。それは、本能って心の発現が…そのエネルギーが少し上昇した状態が、軍荼利明王、荼枳尼真天の“荼”。

さらにそれは上昇し、大日如来の条帛(じょうはく)のように、左肩から、左胸前、腹前を通って背面に回る。条帛(じょうはく)の先は、左乳前で下側を通り腰布の先端にかかる。しかしこれは衣を表現した言い方で、順序が逆だ。それはチャクラの覚醒と、(愛(炁)の顕現の程度で差を認識する)進化過程による心の発現の段階を示している。

そして、軍荼利明王って字を一つ一つ観ていくと、軍荼利明王の“軍”は、車に(冖)ワかんむりっていうのかな? これは冖部(べきぶ)ともいうらしいけど、(冖)の字は、布で物を覆うことを象徴していて、覆うことに関する事柄を示すらしい。これは横隔膜のことだと思う」

「なるほど…水の中=腹で右往左往するエネルギーを電気抵抗値の違うもので、覆ってるみたいなもんやな」

「そう、それはコンデンサー。特定の周波数しか通らない。コンデンサーは、電気を溜める性質を持っており、交流電流は通すが直流は通さない性質がある。コンデンサーとコイルは、周波数特性を持っており、高周波電流は伝えやすく、直流に近い低周波は伝えにくい性質がある」

「…それは、高い振動しか伝わっていかんってことでんな」

「そう。そしてその特定の振動がアムリタであり、そのことを示した言葉がクンダリーニでもあり、それを象徴的に示しているのが、Kellyが気がついた如来の条帛(じょうはく)でもあると思う。

そして、手足の神経は大体コイル状、サイクロトロンのための比較的安定した磁場を構成している。それに対し、頭と腹はコンデンサーの性質を持つ。それは、溜め込んだエネルギーを縦に循環させている。ただし、頭と腹とでは振動の種類が違う。どちらが高いかなんてのは一目瞭然だが、高い振動は低い振動を制御するって言えばいいのか…三次元の創造=腹の“力”の顕現は、神性で行われるべきだ」

「それが…そのこと自体が、人の肉体が、頭と腹を持っている理由ってことでんな」

「うん。頭だけでは…智性と神性だけでは、物質世界の創造はできない。“いきり立つ心(奴と心)”と“思う、憂う”…それがなくては、神の智慧(日を知ること=智性の恵み=慧)の顕現ができない。そして、人が顕現させなくてはいけないってことだ」

「それが翡翠(ヒスイ)の卆…最後の仕事ってことでんな。それも“日月神示”の“カイ(下の位相)の御用”…ほんでからに、水の中の右往左往と左往右往“櫂(かい)”の御用…の、意味かもしれませんな」

「そうだね…多分そうだ。そしてね、日月神示の中の表現として“江戸と尾張”…この言葉も頻繁に出てくるんだが、江戸は“江”と“戸”…“江”は大きい川の流れっていう意味があり、それは揚子江の“江”で使われる字でもある。腹の中の流れ=軍荼利明王、荼枳尼真天の“荼”と同じ意味だろう。そして“戸”は、冖部(べきぶ)と同じ意味だと思う。横隔膜…電気抵抗値の違う組織だね。

そして“尾張”は、“尾”は尾骨、尾骨に眠るエネルギーがクンダリーニ、それを眠らしておくのではなく、張れってことだと思う。それは“力”の獲得のために頑張る…元を張る…そういう意味のことだと思うんだが……。さらに“日月神示”には“外国”って表現もあるが…これは外側の事象の観察だと思う。国っていう字は、囗(くにがまえ)に“玉(ぎょく)”…これは自分の場(フィールド)を表した言葉だ。だから自分の心の動きの“外”…“国”の外ってことだ。

だからそれは、この世界の創造は…物質世界の三次元の創造は“カイの御用”で、自分の外側=“外国”の創造で、それがアタシたちの神から託された仕事だからだ。