太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”

初めての方は、序文 からお読みください。

自凝(おのころ)の強化 “その十一” “臓”の進化

 先回取り上げた“臓腑”の“臓”は、

 

  •  電気容量を持っている。
  •  電気容量があるからこそ“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意を溜めておく部位でもある (コンデンサーの構造)

 

 これらのことから鑑みて、生物が進化していくに伴い起きている内臓の発達と“臓”を構成しているタンパク質の高分子化、これによって“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意、の取り込みも変容すると言い得ます。

 

 換言すれば、下等な生物は、“上”からの振動の低いものしか取り込んでいないからこそ(感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅))程度の低い本能という心(靈)しか発現していない。

 これに相対し、高等な生物である人間は、下等な生物より進化した“臓”を持っているので、先回紹介した東洋医学の概念、“五臓”(心・肺・脾・肝・腎)は、心=“喜び”、肺=“悲しみ”、脾=“思う、憂う”、肝=“いきり立つ心(奴と心)”、腎=“恐れ”(本能)、という心(靈)の動きがあるものである。

 

 そして“臓”が取り込んだ“上”からの振動と、生命活動により溜まる電流、これは脊髄神経を介して、脳に送られる、この電流が送られること事態も脳のタンパク質の高分子化に関わっていると思えますし、これが先回紹介した三焦の画像の “髄海”、これは目から上の頭部に描かれていますが、この命名の由来の根拠であると言い得ます。

 

 それで、著書の<3>で定義づけた心(靈)の発現と動き、それは、本能、情動、功名心、自我、愛(炁)、創造、知恵、智慧、智性、ですが、人間しか持ちえない心(靈)の動きは智慧と智性(神性)であり、これは目上(めうえ)の脳、大脳新皮質で発現し、目上(めうえ)の脳の進化は神格化へのプロセスであるということを述べました。

 それは“上”から注がれる振動、天意、この振動の高いものを止める(感応共振(同調と、取り込んだ振動の増幅))部分が目上(めうえ)の脳であり、それだからこそ人間より下等な生物は、体の大きさと目上(めうえ)の脳の比率が人間よりも小さいものである。(※ これは一部の人が高等な知性を持っていると憶測しているクジラやイルカも含みます)

 

 それで私的には、東洋医学の“五臓”(心・肺・脾・肝・腎)は振動を蔵する器官であり、最も高い振動を蔵するのは脳ではあるのですが、智性(神性)はこの心(靈)の動き自体で自分の心(靈)の進化を促すものであり、その意があるから、ただ振動を蔵するという意味合いではないので、“五臓六腑”(ごぞうろっぷ)に相対し、六臓、とは称されていないという私見を持っております。

 本題に戻り、“五臓”(心・肺・脾・肝・腎)の発達、“臓”のタンパク質の高分子化は、物質の取り込み=捕食、空気の取り込み=呼吸、そして物質と空気を循環させて(肺と心)全身に電磁誘導を起こしている、これらによって行われ、これを“腑”の電磁誘導と定義付けていますが、脳、ことに目上(めうえ)の脳は“五臓”を発達させるのとは違う種類の異物の取り込み(“腑”の電磁誘導)をする、それは眼球から可視光線可視光線以外の高い振動とも反応しますが)を取り込み、それが生体内電流に変換され脳に伝わっているものである。

 そして、今述べた眼球から脳に伝わっている生体内電流、これは太陽凝視の意義につながることでもあります。