太陽凝視を行っている鍼灸師の話 “総括編”

初めての方は、序文 からお読みください。

悪魔に対しての認識の無さ “その九” 悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)が“創造”した事象における傾向 “幼稚化した人間の持つ価値観と既成概念”

表題にある「幼稚化した人間」は、何度も引用している“動物的なあたまの持ち主”(ローム太霊講話集第二十一話)であり、“われよし”“自己奉仕者”“自分に対する愛(炁)しか発現していない人”でもあり、目下(めした)(動物の心(靈)の段階)(大脳旧皮質と…

悪魔に対しての認識の無さ “その八” 悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)が“創造”した事象における傾向 “幼稚化した人間は“役員づら”の手法に乗せられている”

表題にある“役員づら”は、“日月神示”に登場する表記です。 その意味として、まず“役員”の意は、 「会社の業務執行および監督を行う幹部職員、 経営者や上位管理職」 であり、これはアセンション、霊的成長度における区分け、これを執行し監督するリーダー的…

悪魔に対しての認識の無さ “その七” 悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)が“創造”した事象における傾向 “幼稚化した人間は宗教を腐らせ悪霊を増やしている”

宗教は、その宗教の開祖(仏陀、キリスト、マホメットなど)に“上”(人(日止、霊止)の霊的成長を望む存在)が影響(“上”の霊的干渉)してできた。 (ただし、日本の神道に関しては開祖という存在は見当たらず、惟神(神でおわしますまま、神の御心(みここ…

悪魔に対しての認識の無さ “その六” 悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)が“創造”した事象における傾向 “幼稚化した人間は恨みの連鎖の霊的干渉の現象化を増大させている”

人間は個々の霊的成長度の高低において、考え方や思想、物事の見方、捉え方(事象の“観察と認識”)に相違がある。 その相違があるがゆえに、それが反映した行動(現津(あきつ)、観察され得る事象に対する思惑の顕現)も違うものである。 幼稚化した人間は…

悪魔に対しての認識の無さ “その五” 悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)が“創造”した事象における傾向 “幼稚化した人間は恨みの連鎖の霊的干渉の現象化を偶然と誤認する”

先回の文末で述べたように、たった今、人間の幼稚化が台頭している。 その幼稚な心(靈)は、目前の事象に理由と根拠を求めない、あるいは“ほんとう”を求めないし見出すこともしないものである。 私事ながら、著書を出版して170人以上の方々から電話、メール…

悪魔に対しての認識の無さ “その四” 悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)が“創造”した事象における傾向 “人間の幼稚化”

あえて説明するまでもなく、恨みの連鎖の霊的干渉を引き起こしているのは、人間や動物、その他自然霊など、を含め、その霊的存在の分類を問わず悪霊である(“悪(心の動きの本能化と低振動化)”の心(靈))。 それで、悪霊がなぜ悪霊なのか、それは自省(胸…

新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

“続”太陽凝視を行っている鍼灸師の話で解釈を行っている“日月神示”これの地震の巻(二曰んの○キ)に“神律”という表記を昨年みつけました。 “神律”の神は“創造”の“主(ヌシ)”であり、律は解字として、彳部(てきぶ)(ひとすじの道の意)と聿(ひとつの意、…

悪魔に対しての認識の無さ “その三” 悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)が息吹(自分の心(靈)が吹く、発振、発信)して“創造”する事象

今回は、著書やブログでさんざん述べてきている「恨みの連鎖の霊的干渉」これを引き起こす心(靈)の動きについて述べます。 まず、先回述べた通り、多くの地球人は悪魔の傀儡になってしまっている。 そしてその心(靈)の動きは、自分の損得や保身、目下(…

悪魔に対しての認識の無さ “その二” 悪魔の傀儡(かいらい、くぐつ、操り人形)になる心(靈)の動き

先回も引用した通り、ローム太霊はローム太霊講話集で “何とかしてこの地球を、凡ての人間が不幸から救われて愉快にたのしく暮らせる楽土にしたいという、神自身の本当の気持ち” そして “この神の気持ちは人間の心の中にもありながら、それを出す時が余り少…

悪魔に対しての認識の無さ “その一” 悪魔を認識しえない霊的成長度

すでに「神に対する認識の無さ」で述べたことではありますが、ほとんどの人、平均的地球人は、神も認識しえない、同時に悪魔も認識しえない。 そんなものはあるのかないのか分らない、その実在に関して真剣に考えないか、考えたことが無い人が大多数。 そし…

神に対しての認識の無さ “その八” 平均的地球人の霊的成長度における神の概念は低すぎるということ

ここまで「神に対しての認識の無さ」ということを述べ、それについては、ほとんどの人間がただ漫然と生きているだけであり、それは神を言葉でしか知らないし、真剣に、真摯に、考えないことが無い、鑑みたことが無い、自分にとって都合の良い神の概念を持っ…

神に対しての認識の無さ “その七” “神の咎め”による人間の死

先回の、「ばちがあたる」に対する認識の低さ」、これは動物から進化して智性(神性)(“一”、1番目のオーラ)(日を知る性質)を持ち始めたばかりの心(靈)、その進化過程(霊的成長の過程=普遍的に実在する創造主のオーラとの感応共振の段階)の段階にお…

神に対しての認識の無さ “その六” 「ばちがあたる」に対する認識の低さ

表題の「ばちがあたる」、これで検索すると、悪行などに対して神仏の罰をうけること 罰が当たる、報いを受ける、天に罰せられる 、罰が下る、誰からというのではなしに悪行の報いを受けるさま、天罰が下る …などの解説が見られます。 当たり前のことを述べま…

神に対しての認識の無さ “その五” 現世利益に対する認識の低さ

「現世利益」で検索すると「神仏の恵みが現世で与えられる」という意味合いの解説が多く見られます。 この“神仏の恵み”に何を思うか、“惠み”とは何か、どういう過程を経て“与えられる”のか、について考えている人間はとても少ないと思えます。 大体一般に(…

神に対しての認識の無さ “その四” 神や宗教を利用して権威を示す程度の低い人間

著書でもブログでもさんざん述べておりますが、霊的成長度の低い自我の肥大をした人間は、自分の権威を誇示して他者を利用し、金や物を得ようとする。 そして、そうやって得たもので自分の本能中心の欲望(目下(めした)(動物の心(靈)の段階)の心(靈)…

神に対しての認識の無さ “その三” 神業(技)という言葉

表題通り、一般によく使われる、神業(かみわざ)あるいは神技、スポーツやエンターテイメントなどでよく使われる言葉ですが、今回はこれについて述べます。 この言葉の意味合いは「常人にはなすことが出来ない高度な技や技術」であり、これの類義語として、…

神に対しての認識の無さ “その二” 信仰ごっこをする人たち

今回の記事の要旨は、たった今の人間の信仰は単なるごっこ(ごっことは、ある動作のまねをすること、子供遊びの一種、何かになったつもりで遊ぶこと) であり、それは“ほんとう”の信仰でもなく、そこにおける信仰の対象も、“ほんとう”の認識における“上”(人…

神に対しての認識の無さ “その一” 神など無いと思う人

先回も述べた通り、多くの人間は神と悪魔に対しての認識などほとんど無いに等しい。 それで今回から平均的地球人、ほとんどの地球人、これらの人々の神と悪魔に対する認識の低さ、これを指摘していきます。 まず、神などいない、霊など無い、死後の世界など…

霊的成長ということに対しての認識の無さ

先回、霊的成長度について以下のように少しだけ述べました。 ““上”は“上”であればあるほど、霊的成長度が高ければ高いほど神に近いと言いうるが、“下”は単に霊的成長度が低い(動物に近い)か、あるいは“下”(人の霊的成長を望んでいない存在)、悪魔に近い…

新年 明けましておめでとうございます  本年もよろしくお願いいたします

“日月神示”に“神いよいよ烈しく、臣民の性来(しょうらい)によって、臣民の中に神と獣とハッキリ区別せねばならんことになりて来たぞ”という表記があり、その意味は“上”(宇宙の中心と太陽)からの荷電粒子の振動、天意が激しく降り注ぎ、これまで人間がや…

新カテゴリー「“観察と認識”における“上”と“下”」を立ち上げるにあたって

著書とブログにおいて“観察と認識”という表記をよく使います。 また“上”と“下”という表記も同様によく使います。 “観察と認識”とは、自分が(自分の心(靈)が肉体を通して)相対している一切の事象、これには自分以外、また自分の心(靈)の中、をも含め、…

自凝(おのころ)の強化を終えるにあたって 

自分が鍼灸師という生業(なりわい)を選択し、国家資格を取得するための学校に通い、その学生の頃に経絡(ツボの流れ)が生体内電流の現象であることを知った。 そして18歳の誕生日、突然、霊眼(れいがん、憑き物の視覚を共有し、人の目の機能が感じ(感じ…

自凝(おのころ)の強化 “その二十五” 1番目のオーラの強化

先回述べたように、生業(なりわい)の“行”においては頭のオーラはせいぜい2cmぐらいにしかなり得ない(ただし2cmの頭のオーラを持つならば、平均的地球人としてはかなり苦痛や苦悩を味わって育っている方ではある)。 この低い砌(みぎり)の“行”といいうる…

自凝(おのころ)の強化 “その二十四” 1番目のオーラの強化に入るためのステップ

今回の記事はここまで述べてきたこととかなり重複します。 たった今の平均的地球人、これは霊的成長度が低いので、まず自分の人生の過ごし方として砌(みぎり)の“行”、生業(なりわい)を頑張る(元の気を張る)。 またこの時点では、自分の人生において自…

自凝(おのころ)の強化 “その二十三” 日足(ひたり)の極性は“一”=智性=1番目のオーラの発現と強化に結び付く

今回はタイトル通り、日足(ひたり)の極性が人(日止、霊止)の進化(霊的成長、神格化に向かうこと)そのものである“一”=智性=1番目のオーラの発現と強化に結び付くことを述べますが、その前に先回使った画像の「下のエネルギーが上昇する様子」、これに…

自凝(おのころ)の強化 “その二十二” 自我における日足(ひたり)の極性の発現

先回述べたとおり、肝=“いきり立つ心(奴と心)”、腹における心(靈)である自我の砌(みぎり)の極性で生業(なりわい)の“行”を頑張る(元の気を張る)のは、(通貨としての)金が得たい、名誉や名声を得たい、その裏には物質欲、本能由来の欲望(美食の賛…

自凝(おのころ)の強化 “その二十一” 砌(みぎり)の極性と生業の“行”(2~3番目のオーラの“行”)

先回述べたとおり、人には“幸福の概念”がある。 それゆえ人は“力”(力、知恵、知識…学問…能力、そして霊能力を含む)を欲し、獲得して行使して“力”を示したい。 そのために自分は頑張る(元の気を張る)。 それは霊的成長のための“行”ではなく、その前段階と…

自凝(おのころ)の強化 “その二十” “行”の意義について簡単に

ここまで、きわめて下等な生物から人間までの進化を述べてきた理由は、肉体の発達、それに伴う心(靈)の進化、そこには生体内電流の強化と変容、磁束の発現と“上”からの振動を取り込むためのローレンツ力の強化と変容がある。 これらを理解しておかないと、…

自凝(おのころ)の強化 “その十九” 人(日止、霊止)における心(靈)と“一”=智性=1番目のオーラの発振、発信

まず、ここまで述べてきたことと重複しますが、アタシの心(靈)に対する認識を以下に列挙します。 心は霊である。 すべての生物は、心と肉体、この両方で現界において=三次元においての生命活動を行うものである。 生きている間は肉体と心(靈)(の一部)…

自凝(おのころ)の強化 “その十八” 肉体はコアメモリー(磁心記憶装置)の構造を持つ

肉体の進化の過程は、まず地球上における生体物質の発生、そしてもっとも下等な生物である原核生物から人間までの進化であり、その過程では、 肉体の磁束の強化と変容、進化した生物は骨と神経の発現と発達があり、電磁石の構造の強化と変容になり、これらは…